Anchan (Gibson J-45 Type)
Anchan(アンチャン)は北海道のルシアー、安藤敏幸氏のブランドである。(cipilicaというブランドを使っていた時期もある)アーチトップのピックギターとギブソンスタイルのフラットトップギターを2002年から製作しており、内田勘太郎などのプロも使用している。新品販売は主にヤフーオークションで行われていたという珍しいもので、落札価格により変動するため定価というものは基本的に無い。フラットトップギターは当時十数万円から二十万円弱ほどで落札されていたようである。(ただし、2020年を過ぎたあたりから注文製作が増えたためか、ヤフオクへの新品出品は無くなったようである。)
しかし、anchanギターそのものも、安藤氏ご本人の情報もネット検索してもほぼ出てこないため、私も1~2度ネットで名前を見たことはあるというレベルであった。それゆえネットではマニアの間でミステリアスな部分がその評価を加速させ、実質以上に評判が一人歩きしているのではないかと思っていた。
その滅多に店には出ないAnchanのJ-45タイプの中古が大阪のドルフィンギターズにリーズナブルな値段で出ているのをネットで見つけた。なぜかわからないがビビビときたのですぐにホールドして弾きに行った。しかし、このギターも謎だらけで、店に聞いても製作年は不明(おそらく2010年前後)、新品価格も不明である。手に取るとトップのスプルースもバックのマホガニーも材は良いものを使っているようで、作りも丁寧で手工ギターとしての風格が感じられた。内部も丁寧に仕上げられ、本家Gibsonにはないサイド裏の割れ止め材もきれいに貼られ、指板はエボニーである。しかし、内部にはラベルも刻印も何もなかった。したがって、シリアルナンバーもモデル名も不明。
サンバーストの色合いが50年代のJ-45っぽく深くて美しく、ボディバインディングとロゼッタのセルは経年変化したような黄色みをおび、薄めのトーティス柄のセルロイドを丁寧に面取りしたスモールピックガードとともにヴィンテージらしさを上品に演出している。見た感じの状態はトップの下部に少し打痕があるのとブリッジピンがペンチで抜かれていたのか頭が少しつぶれてギザギザになっている程度で、あとは良好である。
弾いてみて驚いた。とにかく弾きやすい、弦高が6弦2.1mm、1弦1.6mmと非常に低いのに、ネックのセットが秀逸なのか強めに弾いても音がほとんどビビらない。しかも弦高がギリギリまで低いのに、コシのあるバランスの良い音で音量も十分であり、ストロークを中止にフィンガーピッキングにも十分対応できる。店には本家であるGibson J-45のカスタムショップ製の中古があったため弾き比べさせてもらったところ、音・弾きやすさ・材・作りなどすべてにおいてAnchanの圧勝であった。にもかかわらず、Anchanの価格はその本家の中古価格の半分ほどであった。
驚いた私は、1~2分の簡単な試奏で即決購入した。家に帰ってジックリ見てみるとネックは中央のパドック材をマホガニーで挟んだ3ピースネックで、ヘッドからヒールまで一体になっている。トップはやや厚めのシトカスプルースで、テーパー形状であるがノンスキャロップブレイシングのため強度も十分に確保している。ネック曲がりやトップ浮きを気にせずチューニングしたまま常にスタンドに置いておく普段弾き用に最適である。このように耐久性の高そうなボディにも関わらず、弾いてみるとトップが良く響いており、レスポンスも中高音の伸びも素晴らしい。低音は明確であるが出過ぎず、各弦のバランスは非常に高いレベルに設定されており、特に9フレットまでの各弦、各ポジションの音量、音質が揃っている。スケールは637mmで、J-45のGibsonショートスケール628mmと、DoveなどのGibsonロングスケール648mmの中間にあたる。このスケールとしっかりしたトップのため適度なテンションがありフラットピッキングがしやすい。全体的に派手さは無いが、芯の通った丸みのある音なので音量はあるがうるさ過ぎず、ストロークでの音のまとまりは良い。指弾きアルペジオでは軽く弾いても良く響き、倍音は少なめだが個々の音が明瞭なため音の分離は良い。歌の邪魔をしない、弾き語りにはもってこいの音である。見た目はビンテージGibson J-45なのに、本家のようなジャキジャキした音ではなく、落ち着きのある丸く太めのしっかりした音が出るので違和感すら感じる。見た目での本家50年代ビンテージGibson J-45と違う所は、指板がエボニー、最大フレット数が21、17フレットにポジションマーク、ブリッジが接着のためブリッジピン両サイドの丸いネジ穴キャップが無いなどである。
総合的には音と耐久性を絶妙に高次元でバランスさせた素晴らしいもので、新品価格十万円台から二十万円台は驚きである。(2023年あたりから原材料価格の高騰により基本価格も上がったようである)倍以上の価格の手工ギターに匹敵するレベルのギターであると言っても言い過ぎではない。独自性もあるこれだけの良い音ならば、デザインをGibsonに寄せる必要はないと思わないこともないが…。この時点ではAnchanギターはこの1本しか弾いたことがなかったので、この個体が特別優れているのか否かは判断できなかったが、一気にAnchanギターのファンになってしまった。ネットでの評判もうなずけるものであった。
このギターを購入後、安藤氏に直接製作を依頼できないかと様々な方法で調べてみたが情報は全く得られなかった。数ヶ月後に安藤氏が新品のanchanギターをヤフオクに出品した。落札は出来なかったが、すぐに質問欄で連絡を取り、マホガニーの00サイズとローズウッドのドレッドノートサイズの2本を製作依頼した。この2本の詳細については「50 Anchan 00 / 51 Anchan D」をご覧いただきたい。
ちなみに、安藤氏とのメールのやり取りする中で、このanchan J-45タイプの画像を送り特徴を伝えて何年製か聞いたところ、おそらくこれならば2010年製であろうということであった。さらに、ブリッジピンの頭が少しつぶれていたので同サイズの新しいピンを送っていただいた。
また、前オーナーが削ったのかナットの溝がやや深く、フィンガーピッキングには良いが強めのフラットピッキングでは弦高が低かった。このため、ナットを作成し直し、サドルとロッドとフレットを調整して、フィンガーでもフラットでも対応できるよう、弦高を少し上げた。