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Somogyi MD-C12F

 モデル名「Somogyi MD-C12F」の意味は「ソモギ・モディファイド ドレッドノート・カッタウェイ・12フレットジョイント」である。
 現在私が所有するアコースティックギターの中で最も私好みの音がする、私にとって最高の素晴らしいアコースティックギターである。

 Martin社のD-28などのように、ボディサイズを表す表記にD=Dreadnought ドレッドノートがある、これはMartin社が戦前のイギリスの巨大戦艦の名前からとったもので、大きいということを強調したものらしい。モディファイド ドレッドノートとはこのMartin社のドレッドノートのボディ形状を座って弾き易いようにソモギが修正(Modify)を加えたもので、ソモギギターのドレッドノートボディはすべてモディファイド ドレッドノート(略してMD)と呼ぶ。Martin社のものより幅はやや大きく、厚みはやや薄く、くびれは大きい。

 カッタウェイ(Cut Away)とはボディ上部(アッパーバウト部)に切り込みを入れて高音部分のハイポジションを弾き易くしたものである。出っ張り部分がとがっているものをフローレンタインカッタウェイ、丸みのあるものをベネチアンカッタウェイという。ソモギギターはすべてフローレンタインである。

 12フレットジョイントとは、ボディとネックの接合部分がクラシックギターのように12F(フレット)のところで接合されているものをいう。

 このギターのバックとサイドはマートルウッド(Myrtle wood)が使われている。作例が少ないため、すべてのマートルウッドがそうかどうかは分からないが、私のギターの木目はスポルティッドメイプルのような神秘的な模様を生み出している。マートルウッドはアメリカのオレゴン州に分布する月桂樹の一種で、ギターのサイド・バックの材としてはこれが作られた2003年当時は非常に珍しく、他の作例はほとんどなかった。その後数年たってようやく他の手工ギターメーカーもまれに使用するようにはなったが、それでも作例は非常に少ない。一般的なバック材に比べると比重は小さい方である。バック材の比重が大きくなるほど音は硬く暗くなっていき、小さくなるほど音は柔らかく明るくなっていくと一般的には言われる。良く使われる材で比重が大きい順に並べると、樹齢や木取り方法によって異なるが大体は、ブラックウッド>ブラジリアンローズウッド(ハカランダ)>インディアンローズウッド>メイプル>マホガニーとなり、マートルウッドの比重はメイプルとマホガニーの中間に位置する。

 2002年にSomogyi SJを購入し、抜きん出た性能に満足して弾いていたが、やや固めの音質が購入当初から少し気になっていた、そのため優しい音のGreven OMマダガスカルローズウッドを併用していたのだがこちらはハイポジションのバランスにやや難があった。弾けば弾くほどこの両者それぞれの小さな難が気になってきて「優しい音のするSomogyiがあればすべて解決するのに」と真剣に考え出した。エリック・クラプトンやメジャーデビューしたアコギタリスト押尾コータローなどの影響もあり当時はちょっとしたアコギブームで、2年前に購入したSomogyiやGrevenは相場価格が高騰し、中古委託で手数料を引かれても購入金額より高く売れるものも出てくるほどであった。いまあるSomogyiとGrevenを売れば損はせず、新品のSomogyiが購入できる。私はSomogyiのカスタムオーダーを決心した。

 当時のSomogyiギターは受注生産が基本で、神戸のヒロ・コーポレーションと東京のカクタ・コーポレーションが輸入販売代理店として、この2店舗に年に数本店舗カスタムのギターが入荷していたが、完成まで1~2年ほどかかるが個人のカスタムオーダーもこの2店舗で受け付けていた。Somogyiならオーダーしても希望通りのギターができるであろうと思い、細部にわたるオーダーシートを自作して神戸のヒロ・コーポレーションに向かった。いきさつを店主の冨田氏に話すと、冨田氏が笑いながら驚きの言葉を発した。「うそみたいなタイミングやなぁ! 来々週スゴイSomogyiが4本入ってくるよ。」

 話の具体的な内容はこうである。昨年冨田氏とSomogyiで次の作成ギターをどうするかという話をしていると、同じボディ、同じ設計で、サイドバック材だけ変えたギターをいろいろ作ってみないかということになった。「サイドバック材でどれだけ音に変化が出るかを実感できる機会ってなかなかないよね、ボディも今のSomogyiの設計を最大限に生かせられるモディファイドドレッドノート(MD)で、しかもあまり作例がない12F接合で… 」と(もちろん英語で)話が進み、サイドバックの材はハカランダとメイプル以外は新しい材を試す意味でインディアンローズウッドにやや近いウェンジとマホガニーにやや近いマートルウッドにしようということになった。

 まとめると、MDのボディで12F接合のカッタウェイ、トップは最高級のヨーロピアンスプルースでシェラックニス仕上げという所まではすべて共通で、サイドバックの材だけハカランダとウェンジとメイプルとマートルウッドに変えた4本を作り、その4本が完成し、なんと来々週入って来るというのである。
 私が持って行ったオーダーシートには、ボディはMDかOM、12F接合でカッタウェイ、トップはヨーロピアンスプルースでシェラックニス仕上げとなっており、サイドバック材はハカランダでは音がきつくなりそうだったので、メイプルかマホガニーか、希望の音のためどうするべきかを相談しようと思っていた。2年待ち覚悟でオーダーしようとしていたSomogyiギターが来々週4本、4種類の音色で弾き比べてから購入できるのである。信じられない出来事であった。

 オーダーは自分の好みの仕様で完成し、見た目はほぼ注文どおりに上がってくるが、音に関しては好みや傾向は言葉や文章で伝えてもそれが完全にこちらの思っていたとおりに伝わるかは分からないし、伝わったとしても実際こちらの思い通りの音になる保証は無い。よほど信頼を寄せているルシアーでないと注文する勇気は出ないし、そのルシアーであってもイメージどおりの音がするかどうかは、ある種バクチのようなところもある。したがって、今回のようにオーダーしようと思っていた仕様にほぼ合致し、異なる材の4種類から試奏して選べるということは、しかもそれが世界最高峰のルシアーのギターであるということは、さらにそれが来々週入ってくると言うことは奇跡に近い話であった。

 4本とも入ったということで、翌々週すぐに弾きに行った。4本とも素晴らしいギターで音量・音程・弾きやすさはもちろんのこと、材の美しさや芸術的なまでの仕上げの美しさは共通であった。しかもその中でサイドバックの違いによる音質の違いは顕著で、予想をはるかに上回るものであった。ただし、Somogyiはサイドバックの材の特徴がより明確に出るようにトップを選び、ブレイシングなどの調節はしているはずである。
 順に感想を述べてみよう。

 まずハカランダを弾いた。通常のギターの常識では考えられないほどのサスティンの伸びである、ギターは發弦楽器で、弾くと最初にアタックが出てそのあと徐々に音が減衰していく。アタックから音が聞こえなくなるまでの時間がサスティン時間である。このハカランダは、減衰すべき音がなかなか消えていかないのである。音質そのものはシャープでパンチの効いた迫力と重みのある音であったが、いかんせんサスティンの長さの衝撃がすごすぎて、その他はあまり詳しくは覚えていない。これでは消音が難しく、ギターの楽曲を弾く際に支障が出るのではと思ったほど長いサスティンであった。

 次にウェンジを弾いた。材の硬度や比重などはインディアンローズウッドにやや近いと言われるとおり、音質もそれに近いように思えた。アタックやサスティンは適度で、明瞭だがやや暗さと重さもある渋い音であった。

 次にメイプルを弾いた。すべてにおいてバランスが取れており、倍音も適度で非常に優等生的な印象を持った。Somogyiギターらしいクリアでスッキリした分離の良い音である。1本のみしかギターを所有してはならないとなったらこれを選ぶかもしれない。

 最後に見たこともないうねった木目のマートルウッドを弾いた。チューニングの時点で倍音の豊かさと音のまろやかさに驚いた。まさに自分がオーダーして作って欲しいと思っていた音であった。高音はもちろん中低音もころがるような倍音が広がるためリバーブをかけているようである、それでいて輪郭もぼやけていない。音量も素晴らしい。特に低音の出方は優れたクラシックギターのように、弾いた瞬間一度奥に沈んだかと思うや否や前にグイーンと出てくる感じである。ナイロン弦のクラシックギターの良い所と金属弦のアコースティックギターの良い所を合成したような音である。右手のタッチを少し変えただけで音色もそれについて来る。さらに、12F接合独特のややゆるめのテンションも私にとってはベストの弾き心地である。

 他の3本に比べてマートルウッドを無心に弾く僕を見て冨田氏が「やっぱりそれか?」と聞いてきた。うなずく私に「こんな優しい音色のギターはまずないで。」「ええ、これしかないですね。」ということで、所有していたSomogyiとGrevenを手放して購入した。その後、これを超える私好みのアコースティックギターは現れていない。現在も私のフィンガーピッキング用の不動のメインギターである。