06 バック

 バックとはボディの裏板のことである。トップに比べて比重の大きいローズウッドやマホガニーなどが使われることが多い。トップの振動を受けてバックも振動し、あるいはトップの音を反射することで、トップの振動を補助する役目がある。このバックの音への影響力は、トップについで2番目に大きいと言っても過言ではない。

 トップが振動すると、ボディ内の空気が振動しその空気がバックを振動させる。一部は、トップの振動とともにサイドを伝わってバックが振動する。比重の小さいトップは振動しやすいが持続性に欠ける、比重の大きいバックは振動しにくいが、し始めると持続性はある。トップの振動が弱くなってきても、バックの振動が空気を振動させそれによりトップも振動する。この振動のやり取りで音の持続性(サスティン)が増す。この、トップの振動とバックの振動の相乗効果を材質やブレイシングの構造により調整することで、ギターの音質の傾向に影響を与える。

 トップの振動の傾向とバックの振動の傾向は、異なっているほうが補う形になり方向を操作しやすい。トップとバックが同じ材の場合は振動傾向も似ているため、強調しすぎたり、反対に相殺し合ったりして音の操作がしにくい場合がある。トップとバックの材が異なるギターが圧倒的に多いのはこのためである。ただし、オールマホガニーなどのギターのように、トップとバックが同じ材のものも存在する。この場合、トップの振動効率の悪さや、トップとバックによる強調や相殺により独特の個性的な音になる場合もある。それがブルースなどに良いというファンも存在し、個性を重視する個人製作家のギターに近年増えつつある。振動効率の良さのみを追求したギターは音が大きいだけで面白味の無い音だと言われる場合もある。ここがギターの奥深い所であり、面白い所である。

 ちなみに、オールマホガニーやオールコアは存在するのに、オールスプルースやオールローズウッドはほとんどない。これは、比重が小さすぎてギター全体の強度の面でオールスプルースは厳しいということ、逆に比重が大きすぎてトップがあまり振動しないということでオールローズウッドはほとんど無いようである。しかし、何事にも例外はあるもので、70年代には合板ながらオールハカランダの国産モデルが2種ほどあったような記憶がある。(このオールハカランダ合板のギターのひとつは最近何十年ぶりかで再発売されているようである)また近年では、個人製作家のギターで、しばしばオールローズウッドを見かけることもある。

 また、最近日本の個人製作家が作ったギターでトップ・サイド・バックだけでなくネックまでもスプルース(赤えぞ松)のものをネットで見かけた。今まで数十年、数えきれないほどギターを見てきたが、さすがにオールスプルースは個人製作家でも初めてであり非常に驚いた。残念ながらこのギターは実物を見ていない。どのような音が鳴るのであろうか、非常に興味深い。世界に目を広げればもっと色々あるかもしれない。

 次の「07 サイド」に詳しく記すが、最近のギター設計において、弦によって振動させるのはトップのみにしぼり、サイドとバックはほとんど振動させず、トップがより振動しやすいようにがっちりとささえる役目を担うという構造のものがある。この場合、サイドとバックは極力振動しないように何枚かの比重の大きい板を貼り合わせて分厚くし、バックはトップの振動を支えつつその音を反射させるという役割になっている。

 バックはなるべくトップよりも比重の大きい材が望ましい。しかし、比重が大きいということは硬く重くなる傾向がある。ギターのバックとしては適度な硬さと重さがあり振動性能に優れた弾性が要求される。ギターに良く使われるバック材を挙げてみよう。ただし、以下の特性は、あくまでも一般的なもので、自然素材のため同じ種類でも傾向は異なり、トップとの相性や力木などのボディ構造によっても音は大きく変化する。あくまでも比較参考として見ていただきたい。

 ・インディアンローズウッド(比重:0.84):上級ギターのバック材として最も用いられていたブラジリアンロースウッドが1970年代にブラジル政府により輸出規制されてから、その代用材として現在最も使用されている。代表的なトップ材のスプルースに比べ比重は2倍ほどであり、バック材としては比重は大きい方である。一般的にバック材の比重が大きくなると音の傾向は重厚で暗めになる。インディアンローズウッドもこの傾向が強く、中低音がしっかりとした音になる傾向もある。私個人としては、インディアンローズウッドのバックに、あえてスプルースよりも比重の小さいシダーをうまく組み合わせたアコースティックギターの音が琴線に触れることが多い。その最たる例がジェイムズ・オルソンのギターである。また、フレタなどのクラシックギターの銘器にもこのシダーとインディアンローズウッドの組み合わせが多くある。

 ・ブラジリアンローズウッド(比重:0.86):ハカランダとも呼ばれる。その木目の美しさから高級家具や建材に使用され、乱伐がすすんだためブラジル政府により輸出規制される1970年代以前までは、上級ギターのバック材として最も用いられていた材である。比重が大きいためパワーがあり重厚であるが、中低音のみならず高音成分もバランスよく発生し、倍音も豊かになる傾向があり、バック材としては非常にバランスが取れている。クラシックギター・アコースティックギターを問わず、ジャーマンスプルースとの組み合わせで多くの銘器が作られている。また、プリウォーマーチンに代表されるアディロンダックスプルースとの組み合わせのパワフルな銘器が高額で取引されている。しかし、1992年絶滅危惧種としてワシントン条約のレッドリストに登録され、今ではギター材として上質な柾目の板の入手はほぼ不可能になっており、ごく一部の制作家やメーカーが条約規制以前から保有しているものしかないということになっている。このため、現在のブラジリアンローズウッド単板のギターは、新品・中古とも驚くほどの高値が付くことも珍しくない。

 ・マホガニー(比重:0.55):世界に広く分布し、その産地により特性も異なる。家具などでは木目の美しさからキューバンマホガニーが最高級ということで有名であるが、ギターの材としてはホンジュラスマホガニーが古くから用いられてきた。しかし、この材も高級家具などに使用され、乱伐がすすみワシントン条約により規制されている種が増えている。このため、ホンジュラスマホガニーの入手は難しく、現在はアフリカンマホガニーなどが使われている。バック材としては比重が小さい方で、音は軽快で明るくなる傾向がある。マーチンの28と18に代表されるように、マホガニーのモデルはローズウッドのモデルの下位機種というイメージから、マホガニーのギターは廉価版という先入観を持つ人がいるが、比重の差も大きく、そもそも音の傾向が大きく違うため、好みの問題であると私は思っている。プリウォーマーチン(戦前マーチン)のD-18や000-18に代表される、アディロンダックスプルースとホンジュラスマホガニーの組み合わせから出る音が最高というファンも多く。私もその一人である。

 ・メイプル(比重:0.70):カエデである。比重はローズウッドとマホガニーの中間にあり、比重の割には硬い材である。このため、トップとの組み合わせにもよるが、やや硬めで歯切れの良い音になる傾向がある。歯切れの良い音というのはアタックが強くサスティンが短めの音になる場合が多い。また、フレイムメイプルなどの虎目模様のものもあり、見た目の美しさも重宝されている。

 ・ハワイアンコア(比重:0.64):ハワイの木でウクレレの材料としてよく使われるが、これも良材は少なくなってきているらしい。比重はマホガニーとメイプルの中間であり、カラッとした明るさと歯切れのよさを併せ持つイメージである。まさにハワイアンミュージックに合うという解釈は先入観からであろうか。