05 トップ

 トップとはボディの表板のことである。振動しやすいように比重の小さい針葉樹のスプルース(松)やシダー(杉)が主に使われる。トップには2つの大きな役割がある。ギターとしては最も重要な「音を作り出す」という役割と、「弦の張力をささえる」という役割である。

 まず、「音を作り出す」は、弦の振動をサドルからブリッジを通して受け取り、その振動エネルギーによりトップ自らが振動することで音を形成・増幅し、空気を振動させて我々の耳に音色として伝えるという役割である。弦の振動エネルギーをいかに効率よくトップの振動に変換するかで、ギターの音の大きさや音質や表現力が決まる。音のためにはトップは極力振動しやすくできているほうが良い。弦の振動エネルギーをどのようにして音にするかがトップの仕事である。まずは決まった弦エネルギーをいかに損失を少なくして音にまわす(トップを振動させる)かである。

 トップが振動しやすいということは、より軽く、より弱いほうが良い。ただし、何事にも程度があり、軽すぎると一気に振動して持続しない(サスティンがない)のでギターらしくない音になる。バンジョーや三味線はトップが皮で、胴が金属や木である、トップの薄さ軽さはギターの比でない。皮の内部損失はあるが振動効率は非常に良い。そのため弾いてすぐに大きな鋭い音が出る、これを「レスポンスが良い」とか「アタックが鋭い」という。しかし、出だしの音量は非常に大きいがサスティンは非常に少ない。

 次に、トップにはもう1つの「弦の張力をささえる」という役割がある。一般的なアコースティックギターはトップのサウンドホールの下あたりにブリッジがあり、そのブリッジに弦の端を固定している。正確にいうと弦の端はブリッジを抜けてトップの裏にあるブリッジプレートという板とブリッジピンとのすきまに弦のエンドリングが引っかかって固定されている。つまり、トップには弦の張力が直接かかっている。
 張力は、金属弦ライトゲージ6本の合計で約75kg(ナイロン弦ノーマルで約40kg)である。金属弦の場合大人の男性が一人ぶら下がっているようなものである。それなりにしっかり作らねばトップは徐々に持ち上がり、ブリッジが浮いたりすきまができたりする。

 ちなみにバイオリンやマンドリンやピックギターのようにテールピースにつながる金具などに弦を固定する弦楽器は、駒(ブリッジ)を押さえつけるように、トップに対してボディの内部方向に弦の張力がかかるのでトップは下へ押さえ込まれるが、ギターは普通ボディの外部方向に弦の張力がかかるのでトップは持ち上げられる。したがってフラットトップのアコギやクラギと、バイオリンやピックギターのラウンドトップの構造について比較することはあまり意味がない。

 このように、トップの2つの大きな役割、「音を作り出す」と「弦の張力をささえる」は、「振動しやすいように軽く弱く作る」と、「弦の張力に負けないように丈夫に強く作る」という、相反する条件をトップに要求するのである。この強弱の折り合いをどこでつけるかがギター設計の最大のポイントとなる。
 この強弱の折り合いが丈夫寄りか、弱め寄りか、中間狙いかはそのギターがどのようなユーザーを対象にしたものかにより異なる。

 大量生産され、様々な地域で販売され、どのようなユーザーがどのように演奏するのか特定できないギターを作るメーカーの場合は「丈夫寄り」に作らざるを得ない。張力の強い太目の弦を張りっぱなしにし、硬いピックで打ちつけるように演奏してもトップがすぐに浮いたりしないように作っておかねば、メーカーに世界中から保障期間内の無料修理依頼が殺到し、メーカーはつぶれてしまう。したがって、量産メーカーは必要以上に丈夫に作っている場合が多く、必然的に振動効率にはマイナスな面が出てくる。これをオーバービルドという。オーバービルドの方が微妙な調整が無く、規定の流れ作業でザックリと大量に作れるので、匠の技を持った職人は不要で結果コストダウンがはかれる。ただし、オーバービルドのギターが悪いと言っているわけではない。ピックアップをつけてのライブではハウリングを起こしにくいし、ハードピッカーやボディヒッターや野外での使用、演奏後に弦を緩めるのが面倒な人などにも必需であり、丈夫なので気楽に扱える。何より大量生産がきくので値段が安い。丈夫に作られたギターのニーズは非常に多い。ほとんどのギターはこの量産品のため、世にあるギターのほとんどはオーバービルドなのである。

 これに対して、基本受注生産でフィンガーピッカー中心などと使用者も絞られ、1本1本個人ないしは少人数で作成していく手工ギターは使用者の状況に応じて弦の張力をささえるギリギリまで追い込んで作成することができ、結果トップをより効率よく振動させることができる。トップは必要に応じて部分ごとに厚みを変えて削られ、力木(ブレイシング)も使用者の好みに合った音質となるよう細かく削り込まれる。手間ひまをかけ、職人の技が必要となり、生産本数は限られコストもかかるので値段は高くなる。演奏後は弦を緩めておくなど丁寧に扱わねばならないものが多く、弦は切れやすい、定期的メンテナンスも必要になるのでランニングコストもかかる。

 このように、どちらかが良い悪いではなく、量産ギターには量産ギターの、手工ギターには手工ギターのニーズや事情というものがあり、その事情によりトップは強さ優先か、音優先かの折り合いが決まる。ただし、すべての量産メーカーがオーバービルドで、すべての手工ギターがギリギリ追い込んでトップが作られているかといえばそうとも言えない。あくまでもその事情や背景により確率が高いということで、その逆のメーカーもありうる。手工ギターは受注生産が基本で、発注者がハードなフラットピッカーである場合はルシアーはそれに応じてトップを強く作るはずである。よくネットなどで、トップが薄い厚い、演奏後は弦を緩めたほうが良い悪い、などという議論を見かけるが、そのギターがどのようなコンセプトで作られているかによって異なる。トップが丈夫で弦をこまめに緩めなくてもいいギターもあれば、緩めたほうがいいギターもあるのである。

 さらに最近の新方式としてダブルトップ方式がある。これは強度を保ちつつよりトップを軽くする方式で、大きな音量が得られる。1990年代に発明され近年広がりつつある。ここで説明すると、この章の文字数がさらに増えるので、ダブルトップの詳細は「22 新方式」で述べることにする。

 そもそもトップに使われる材である松や杉は非常に比重が小さい。楽器フェスなどでギター材販売会社の出店を見かけたらぜひトップ材を手にとって欲しい。驚くほど軽い。少し厚めの和紙のようである。1枚のサイズは550mm×220mm×3.5mmほどである。トップはこれを2枚、木目が左右対称になるよう貼り合わせ厚さを2~3mmほどに削って使用する。この表板が150gほどで、いとも簡単に湾曲するほどフニャフニャでスカスカである。これに力木を接着して音響の均等性と弦の張力に対する強度を確保していく。もとが低密度なので、その厚みが2mmでも2.5mmでもどちらも弱い。強度の多くは力木で確保される。力木の構造を見ないとトップの薄さや厚さだけでは強度は判断できない。トップが薄めでも強度は十分確保されているものがほとんどである。激しめに弾いていてトップに穴があいたとか、チューニングしていたらボディが膨れてきたという話はほとんど聞いたことが無い。私はトップが薄めの手工ギターも持っているが、弾き終わったら弦をゆるめる程度の配慮をするだけで、十数年間何の問題も起きていない。

 また、この力木は強度の確保だけでなく、その組み方で音の質が変化する。力木をどのように組み、どれくらいの厚みと高さにするかでそのギターの音の特性が決定するのである。力木のどの部分をどうすればどのような音になるのかは、それぞれのメーカーや製作家が独自の論理を持っており、一般的にすべての要素を網羅したものは確立していない。力木の高さを変化させているスキャロップブレイシングと、変化させないノンスキャロップブレイシングの特性による論議も、長い間行われているが結論には至っていないようである。
 この力木の新方式としてラティスブレイシング方式がある。しかし、これもここで説明すると、文字数がさらに増えるので、詳細は「07 サイド」と「22 新方式」で述べることにする。
 いずれにしても、トップは設計・材質・工作制度・仕上げにより、そのギターの音の要素の多くが決定する最も重要な部分、と言っても過言ではない。

 最後に材の特性について述べたい。トップは良く振動させるため、なるべく軽く弾性のある材が好ましい、しかし、70kg以上もある弦の張力もかかるため、力木を接着するとしてもなるべく強く丈夫な材であることも必要である。数ある木の中で、この軽く弾性があり丈夫な木という条件をクリアしたのがスプルース(松)である。スプルースと言っても、生息地により比重や特性がさまざまな種類に分かれる。シダー(杉)もよく見る。

 ギターのトップに良く使われる材を挙げてみよう。ただし、以下の特性は、あくまでも一般的なもので、自然素材のため同じ種類でも傾向は異なり、バックとの組み合わせや力木などの構造によっても音は大きく変化する。

 また、比重の表記があるが、これは1立法cmあたり1gである水を基準の1として比較した単位体積あたりの重さの数値である。1未満のものは水に浮く。同じ種類であっても育った環境や樹齢、切り出し方や、乾燥年数などによりかなり異なる。あくまでも比較参考として見ていただきたい。
 〔参考比重 鉄:7.8、アルミニウム:2.7、ガラス:2.5、塩化ビニール:1.3、新聞紙:0.5)  

 ・シトカスプルース(比重:0.46)アラスカのシトカ市から名前を取ったもの。スプルースの中でも非常に強く丈夫で、昔は飛行機のプロペラの材として使われていた。やや硬めでくせのない音質になる傾向があり、フラットピッキングなどの力強い演奏に向いている。弦の張力の大きいアコースティックギターのトップとしては最も使用されているスプルースである。

 ・ジャーマンスプルース(比重:0.44)ヨーロピアンスプルースとも呼ばれる。ヨーロッパのアルプス地方やドイツに広く分布している。スプルースの中でも硬めで弾性に優れており、倍音が豊富で上品できらびやかな音になる傾向がある。クラシックギターに多く、アコースティックギターでは上位機種やソロフィンガーピッキング向きのギターに良く使用されているスプルースである。

 ・アディロンダックスプルース(比重:0.42)レッドスプルースとも呼ばれる。北米東部に分布し、バランスの取れた音のスプルースである。ヴィンテージのマーチンやギブソンに用いられていたが、最近は良材が少なく貴重な材として扱われている。このため上位機種に使われる場合がほとんどである。

 ・イングルマンスプルース(比重:0.39)エンゲルマンともいう。カナダの南部からロッキー山脈にかけて広く分布している。比重が小さく良く振動するがパワーがあるという感じではなく、どちらかというと優しい広がる音になる傾向がある。弾き語りなどに向いている。

 ・シダー(比重:0.37)ギターに良く使われる杉は、カナダからロッキー山脈にかけて広く分布しているレッドシダー(米杉)である。比重がスプルースより小さく、音量がありレスポンスの良い丸みのある音になる傾向がある。クラシックギターやフィンガーピッキング向きのアコースティックギターに使用されることが多い。