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佐藤 剛 Model SL

 佐藤剛(サトウ タケシ)氏は、静岡県浜松市にてクラシックギターの製作を行なうルシアーである。佐藤氏の経歴は非常に興味深い。浜松市に生まれ。東海大学大学院芸術学研究科音響芸術専攻修了のあと、日本唯一の公立の楽器博物館である浜松市楽器博物館で開館時から約10年、学芸員として世界各国の楽器の研究、古楽器の修復および講演を経験。さらに、クラシックギターの演奏家としても活動されている。2005年浜松に「佐藤クラシックギター工房」を開設し、クラシックギターの製作及び各種弦楽器の修理を行なっている。
 このように、大学にて音響芸術専攻、楽器博物館の学芸員として楽器の研究と修復、演奏家としての活動、それらの知識と経験をもとにクラシックギターの製作・修理をされており、そのホームページを拝見すると、コンセプト、ギター理論、ギターラインナップ、トピックなど、非常に濃く興味深い内容が掲載されている。
https://www.guitar.jp.net/

 佐藤ギターは「高品質なクラシックギターを適正価格で」をモットーに、音質や弾きやすさにあまりかかわらない部分は外部委託しているとのこと。どこまでが外部委託で、どこからが佐藤氏の製作かの詳細は分からないが、ホームページには、
 「一人の製作者が,すべての行程を手作業を行う完全手工品(フル ハンドメイド)ですと,作れる数は少なくなり,結果としてそれが価格に反映されます。そこで当工房では,私が企画・デザイン・設計を行い,音や演奏性に影響がなく,手間のかかる作業を外部に委託し,その分フレット,ブリッジ,ナット,サドルの製作,塗装や細部の調整など,音や演奏性に直接影響する部分には妥協をせず,時間をかけて自ら行っています。こうした流通経路の簡略化,効率的な外部委託により,高品質なクラシックギターをよりお求めやすい価格で提供しております。」
となっている。きちんとした仕事がなされており、結果として音や弾きやすさや耐久性に問題がなく、自ら隠さず表明しているのであれば、私は外部委託うんぬんはあまり気にしない。
 さらに、問屋・販売店のマージンや輸入税などが発生しないよう直接オーダーのみの販売としている。このため実物を見る機会が少なく、私は「ネットで名前は聞いたことがあり、所有者の評判はなかなか良い、新方式のクラシックギター」というくらいしか知らなかった。

 2020年現在9種類ある佐藤ギターのモデルの中で最上位モデルである「Model SL」がオークションに登場した。数年前の比較的新しいギターで状態も良いとのこと、スタート価格も安くはないがまずますである。写真を見てのチェックでは問題点はなさそうで、私がクラシックギターでは今まで所有したことのない、ラティスブレイシングでラウンドバックのフレーム構造によるギターである。幸いなことに、あまり競ることもなく落札できた。

  佐藤ギターの基本構造は新方式と言われ、スモールマンギターに代表される、ラティスブレイシングおよびラウンドバックのフレーム構造である。この新方式の詳細は当ホームページの「研究所」の「アコースティックギターのうんちく」の「07 サイド」および「22 新方式」に記しているが、参考までに「07 サイド」にある、私の解説文章を引用しておこう。
 「グレッグ・スモールマンによる設計・製作のクラシックギターは20世紀終盤に登場した。サイドのみならずバックまで材を何枚も重ねて貼り合せ、サイドとバックを分厚くし極端に振動しにくいようにしている。バックの役割は音の反射が大半となり、その反射をより有効にするためバックは丸みをおびさせたラウンド構造になっている。さらに2mm未満の非常に薄いトップも、振動する部分はサウンドホールから下のロウワーバウトのみにし、そこには比重が0.18と木材では最も軽いバルサ材をカーボンファイバーで補強した、ラティスブレイシングという格子状のブレイシングが施され、それ以外はトップのアッパーバウトにまで厚い板を貼り付け余分な振動を殺している。これにより、重さは普通のギターの1.5~2倍ほどになっている。このようにトップの下半分のみに振動を集中させることで、大きな音量を発生させる。さらに、サイドとバックとトップのアッパーバウトを極端に分厚くし剛性を高めることで弦の張力や振動によるボディフレームの余分なゆがみを無くし、純粋なトップの振動を引き出すフレーム構造になっている。」

 到着した「Model SL」は状態も良く、あまり弾かれていなかったのかフレットの減りも少ない。ナット・サドルもおそらく新品時のままあまり手は加えられていないようで、弦高も適切であった。標準仕様のブリッジチップは写真のように3連×2個のかなり大きなもので、「ブリッジはなるべく小さく薄く軽く」派の私にとってはどうも気になる。チップ有りと無しとを比較し、音の立ち上がりに変化を感じたため、チップ無しで弦を張り替えた。

 ライト付きミラーや内視鏡でボディ内部を見ると色々な特長が観察できた。基本構造はスモールマン方式で、トップのロウワーバウト部のみが振動し、トップのサウンドホールから上部とサイドバックは分厚くして振動を抑えたフレーム構造であるが、スモールマンギターとの相違点も多くある。
 相違点の代表的なものをいくつかあげてみると、トップのスプルースの厚みはスモールマンほどの極薄ではなく、通常ギターよりやや薄い程度であった。格子状のブレイシング材はスプルースで、高さは結構低めである。サイドの厚みはおそらくスモールマンと通常ギターとの間くらい、ローズウッドを削り出したラウンドバックは内側にトップと同じスプルースを貼っている。これは佐藤氏のホームページの説明によると「倍音成分の多い、響きの豊かな音質になる」とのことである。ただし、バックのトータルの厚みはサイドと同じくスモールマンと通常ギターとの間くらいと思われる。
 このように佐藤ギターは、フレーム構造をとことん追求したスモールマンギターと通常ギターの間に位置するものである。重量も2.1kgで、1.5~1.7kgの通常ギターと、3kg弱のスモールマンギターの間にあたる。
 これは音にも言えることで、音量は通常ギターより大きいが、度肝を抜かれる音量というほどではない。しかしその分、新方式ギターにありがちな音質のクセは少なく、それでいてアタックもサステインもある。何よりも各弦・各ポジションにおける音質と音量のバランスが良いため扱いやすく、クラシックのみならず、ポピュラーやジャズなどの分野でも使いやすそうである。昨今のクラシックギターは高音と低音を強調し中音がやや抜け気味になったものが見受けられるが「Model SL」は中音、特に6~4弦の7フレット以上が良く伸びている。このように高・中・低音がバランスよく出ているので、倍音成分が多めの高音の出方にやや物足りなさも感じなくはないが、本来はこれがフラットなのかもしれない。
 冒頭に紹介した「高品質なクラシックギターを適正価格で」を追求していくと、コストの面もあり極端なフレーム構造にはできない。しかしコストを抑えつつ、その構造の利点を、扱いやすい音作りにまわしたのではないかと思う。数百万円するスモールマンギターと、その10分の1ほどの定価の「Model SL」を同じ土俵で比較・評価するのはナンセンスである。佐藤ギター「Model SL」はフレーム構造の利点を上手に利用した、少し重いが非常に扱いやすいクラシックギターであると言えよう。