64 YAMAHA FSX3

YAMAHA FSX3

 私は「アコースティックギターは生音が命」という先入観がずっとあり、エレアコ(エレクトリック・アコースティックギター)は上質なアコギをマイクで拾ったようなナチュラルな音が出るものができるまでは買わないだろうと思っていた。しかし、時代は変わり小さな会場のライブでもエレアコ使用が当たり前となり、ギター教室でエレアコ所有の生徒さんへの指導機会も増えていった。音作りの相談なども増え、自分用のエレアコ、アコギ専用アンプ、プリアンプ、エフェクター、ルーパーなどもそろえ、いよいよ生徒さん用のレッスンエレアコも必要となってきた。

 生徒さんが使用しているエレアコは10万円前後のものがメインとなっている。休日に大阪市内のギター専門店をまわり、この価格帯の色々なエレアコを試奏した結果、数か月前に発売されたばかりで新開発の3Wayピックアップシステムを搭載したYAMAHAのエレアコの音がナチュラルで、設定も扱いやすく非常に気に入った。もともと値引きの少ないYAMAHAの新製品ではあったが、このモデルにしようと決めていた「FSX3」の新品チョイキズ特価品を運良く見つけ、税込み価格が10万円を切っていたため購入した。

 YAMAHA FSX3は2019年5月に発売された「FG/FS Red Label」シリーズの8モデルのひとつである。1966年にフォークギター初の国産モデルとして「FG180」と「FG150」(のちのFS)が発売された。通称”赤ラベル”である。そのモデルをモチーフにしつつも現代的に進化させヤマハの最新技術を投入し作られた新シリーズが「FG/FS Red Label」である。つまり、見た目はオールディーであるが中身は最新型と言える。
 このシリーズはまずボディサイズで分かれる。大きいサイズのFGと小さいサイズのFSである。女性の生徒さんも使用するため、迷わずFSにした。次にピックアップのあるなしで分かれる。ピックアップのあるエレアコにはXが付く。エレアコを探しているため当然FSXになる。最後に上位機種の5と下位機種の3に分かれる。メーカーによる5と3の違いは、
5は、国産、ナット&サドルが牛骨、ピックガードが木目調、ブリッジピンがエボニー、ハードケース
3は、中国産、ナット&サドルがユリア樹脂、ピックガードとブリッジピンがブラックプラスチック、ライトケース
となっている。
 しかし、5の「国産」であるが、中国でほとんど作られ、日本ではブリッジ、ナット、サドルのみの取り付けと調整であるらしい。これは「国産」ではなく、「ごく一部のみ国産」である。天下のYAMAHAさんが、これで「国産」表示とはいかがなものかと思う。Headway社の「Japan Tune-upシリーズ」とほぼ同じと考えてよい。重要な材・ボディ・ブレイシング・ネック・塗装・糸巻・ピックアップシステムはすべて5と3は共通であるらしい。実際、弾き比べてみたが、生音に少し変化は感じられるが、エレアコとしての性能の差はないように思う。これで、税抜き定価はFSX5が19万円、FSX3が12万円で7万円の差がある。エレアコとして購入するため迷わずFSX3にした。

 5モデルへの表現上の苦言を書いてしまったが、逆に言うと3モデルは10万前後のエレアコとしては非常にコストパフォーマンスに優れたモデルであると言えよう。特徴をあげてみると。
 トップは経年加工処理(A.R.E.)のなされたシトカスプルース単板、サイドバックはマホガニー単板のオール単板である。指板とブリッジはエボニー。塗装はグロス(艶あり)とマット(艶消し)の中間的なセミグロス塗装で、マットのザラザラ感がなく、鈍い光沢がヴィンテージ風の落ち着きを出している。生音もオール単板と新開発のスキャロップブレイシングからかスモールサイズにしては音量もあり、レスポンスの良さは特筆すべきものがある。
 そして最も気に入ったのが、この「FG/FS Red Label」シリーズから採用されている新開発のAtmosfeelピックアップシステムである。YAMAHAのホームページによると、
「新開発Atmosfeel™ (アトモスフィール)の3Wayピックアップシステムは、アンダーサドルのピエゾセンサーが中低域を、プリアンプに搭載されたコンデンサーマイクが低域を、 独自開発の非常に薄いコンタクトセンサーが高域を、3つの異なるピックアップが各音域を確実に捉えます。 薄くて耐久性のある圧電性合成紙を使ったコンタクトセンサーを内部に加えることで、従来のピックアップでは拾いきれなかったサウンドホールから出る弦振動のまとまり、一弦ごとの余韻、フィンガリング時のタッチ感、高音域の倍音成分によってもたらされる空気感や繊細な音を再現。アコースティックギターを生音で弾いている時の感覚をそのままラインアウトします。コントローラー部は、非常にシンプルな操作により各ピックアップを混ぜ合わせ、簡単に音作りが可能。マスターボリュームつまみで繊細な音色の表現を調整し、マイクブレンドつまみで箱鳴り感を加えていきます。Bass EQコントローラーではピークとなるEQが調整可能。バンド編成の低域をカットする必要のあるギタリストや、フィンガースタイルプレイヤーが低域を支えて欲しい時等、 ユースケースに合わせて中心周波数帯域を調整することで安心した音作りを可能にします。」とある。

 この説明の通り、マイクブレンドツマミでピエゾっぽい音質から生音っぽい音質まで調整(音質の変化のみで音量は変化しない)し、ハウリング対策も行なう。Bass EQツマミで中低域を調節することで、ストロークからアルペジオまで、歌伴奏からフィンガーソロまで幅広い設定が可能である。この二つのツマミとボリュームの三つだけの調節機能であるが、結構幅広い設定が可能である。テイラーっぽく、ツマミが目立たないのも良い。
 また、電池は単三電池2個で、手軽である。最近単三電池使用のエレアコが出てきているが、直方体の9V電池の物にくらべ、ノイズが気になるものが多かったが、このAtmosfeelピックアップシステムは単三電池にもかかわらずノイズは少なめで、ここにもYAMAHA開発陣の苦労が感じられる。

 このようにYAMAHA FSX3は、10万円前後のエレアコとしてはギター本体の仕様や3Wayピックアップシステムの搭載など、他メーカーの倍以上の価格のモデルに肩を並べるエレアコではないかと思われる。
 かなりの誉め言葉を並べたが、あえて3シリーズの苦言を述べると、私が購入したギターだけかもしれないがナットの調整に不満がある。12フレットでの弦高はほぼ適切であったが、ナットの溝が浅めでナット側の弦高が高めのため、1~2フレットでの押弦がしにくかった。使用するにつれナットの溝は徐々に深くなっていくものなので、量産ギターの出荷時はある程度浅めの設定になっているのは理解しているが、それを差し引いても弾きにくさを感じた。最適になるようナットの溝調整を行なうと、ネックとサドルの状態は良かったため、非常に弾きやすいギターになった。サドルを削って低くしたりロッドでネックを調整したりなどは比較的簡単にできるが、ナットの溝調整は技術及び専用のヤスリも必要で、一般ユーザーは自分で調整しにくい。購入時、楽器店に調整を頼むか、出荷前にメーカーが微調整を行なうかになるが、中国製の3シリーズではそれも難しいのであろうか。10万円前後という値段を考えれば仕方ないところではあるが、そこが5シリーズとの差かもしれない。5シリーズのナットの調整はきちんとできていた。
 最後に最も気になったのがペグ(糸巻き)である。精度がかなり厳しい、これは5シリーズも同じペグである。定価を考えれば仕方ないのかもしれないが、欲を言えばLL26のペグのクロームメッキくらいにしていただきたい。私は、FSX3購入の数か月後にLS26を購入したため、LS26のペグをFSX3に移動することにした。
 しかし、FSX3の肝心のボディとピックアップは非常に良い出来であり、気になる人は、ナットは調整か交換、ペグは交換すればよいことで、メーカーがコストを抑えてここまでの楽器を完成させたことには十分納得している。

 2020年でのYAMAHAのアコースティックギターのその他のシリーズである、「Lシリーズ」、「FG/FSシリーズ」については、次の「65 YAMAHA LS26 ARE / 66 LS36 ARE / 67 FS830」をご覧いただきたい。(下の「次へ」ボタンで移動できます)