14 塗装

 アコースティックギターの塗装の主な目的は表面の保護と見た目の美しさである。分厚い塗装よりは薄い塗装の方が振動効率は良いであろうということはあるが、全く塗装していないギターに、ある塗装をすることで振動効率が向上したということは、まず無いと言ってよい。つまり、塗れば塗るほど振動効率がどんどんよくなる塗料というものはないのである。
 強く硬い塗料を分厚く塗ると、より保護力は強まる。しかし、それが木の振動の妨げになり音質は変化する。やはりここでも強さと振動効率の向上は相反するので、どこで折り合いをつけるかが重要になる。したがって、ギターの使用目的により塗料の種類や塗り方に差が出てくる。

 塗装の目的は表面の保護であるといったが、リペアのしやすさもある。スレなどによる小キズや磨耗、プレイヤーの汗などにより劣化した場合、塗装していれば、軽微なものはコンパウンドなどで塗装の表面を薄く削り取れば綺麗な塗装面が出てくる。コンパウンドでは難しい場合も、一部あるいは全部を塗りなおすことにより、元の状態に戻しやすい。
 また、空気中の湿気からギターを守るために塗装するという意見を聞くことがあるが、これはどうかと思う。なぜならギターの内部は普通塗装されておらずむき出しで、サウンドホールから入ってくる湿気には無防備である。湿気対策をいうなら内部もきちんと塗装せねばならない。一部の高級手工ギターやクラシックギターには内部塗装がされているものもあるが、機種はごくわずかである。また最近では、きちんと乾燥された材では湿気からの悪影響はさほどでもなく、内部塗装による湿気対策よりも内部のメンテナンスやリペアのしやすさを重視し、あえて内部塗装しないというギター製作家もいる。

 また、パーツの特性に合わせて最適な塗料を部分によりチョイスしているメーカーもある。たとえば、トップは音質を重視して極薄のシェラック(ラッカー)に、サイド・バック・ネックは音質への影響はトップに比べて小さいので耐久性を重視しラッカー(ポリウレタン)にと、塗り分けているモデルがある。

 代表的な塗料の特徴を述べてみよう。

 ・ポリウレタン塗料:衝撃や温度差や湿気に強く、最も多く用いられている。スプレー塗りが可能で速乾性のため低コストで塗装できる。薄く塗ることが比較的難しく、塗装面が層をつくり分厚くなる傾向があるため板の振動効率に悪影響を及ぼす度合いが大きい。このため、音質よりも丈夫さや値段の安さを要求されるギターに向き、初級~中級者用や、野外やライブで酷使されるエレアコなどに向く塗料である。
 ただし、最近は薄く塗れてなおかつ強度もあるというポリウレタン塗料や、その塗装法などの開発が進んでいる。

 ・ラッカー塗装:楽器でラッカー塗装と言えば、普通ニトロセルロースラッカーのことをいう。本来ラッカーとは速乾性塗料の総称であるためポリウレタン塗料も広義の意味ではラッカーであるが、楽器においてポリウレタンのことをあえてラッカーという人はまずいない。(クラシックギターも広義の意味ではアコースティックギターであるが、クラギのことをあえてアコギという人はいないのと同じである) ラッカーは塗装面を薄く仕上げることが可能で、木本来の振動に影響を与えることは少ない。ただし、スプレーの使用は可能だが、光沢レベルまで仕上げるためには塗装・乾燥・研磨を何回も繰り返す必要があり、手間とコストがかかる。このため、上級ギターに採用される場合が多い。 また、薄さに加えて強さもあまりなく、温度差や湿気に弱い。手入れを怠ると塗装面が変質しベタベタしてきたり、古くなるとウェザーチェックと呼ばれる細かいヒビ割れを起こすので、日常の手入れはきちんと行いたい。ただし、このヒビがビンテージギターらしくてシブいというファンもいる。 ギター塗装には、目止め、下塗り、(着色)、仕上げ塗りという工程がある。下塗りまでをポリウレタンで行い、仕上げ塗りだけをラッカーにして、カタログ上はラッカー塗装と表記するメーカーもある。この場合、ポリウレタンが占める比率により、特性はポリウレタンに近くなってしまう。

 ・シェラック(セラック)塗料:ラックカイガラムシが樹木に寄生し、樹液を吸って体外に分泌した樹脂状物質を精製した天然の樹脂塗料で、古くからバイオリンの塗装などに用いられてきた。 スプレーやハケではきちんと塗装できず、アルコールで溶かしたシェラックを、タンポで擦り込んで乾かすという工程を数十回から数百回繰り返すフレンチポリッシュと呼ばれる方法で塗装される。塗装面は10ミクロンほどしかなく非常に薄い。綺麗に仕上げるには高度な技術と多くの手間がかかり、原料も高価なため非常にコストがかかる。また、極薄のため塗装面は傷付きやすく、温度変化や湿気などにも弱く、状態を保持するためには非常に慎重に取り扱わないといけないが、材の持つ本来の音を損なわないため、現在も高級クラシックギターや一部の最高級手工アコースティックギターなどで使われている。このように音には非常に良い反面とても劣化しやすいが、塗装面が薄い分、部分塗装などの補修もしやすいのがこの塗料の特徴である。したがって、それほど気にせず扱って、劣化すればそこを塗り直すというスタンスで対応するプレイヤーが多い。

 ・カシュー塗料:カシューナッツの殻から搾りだした油が原料の天然樹脂塗料で、漆に似た性質を持つ。塗装面は硬く弾性があり光沢も良く、比較的薄く仕上げることも可能なため楽器の塗装には向いている。しかし、スプレーは使用できず、塗装技術が必要で、表面乾燥までの時間が非常に長く、乾燥中のホコリは厳禁となり手間がかかるため、一部の高級クラシックギターで使われているがアコギでの例は少ない。