34 C.F.Martin D-18 Authentic 1937

C.F.Martin D-18 Authentic 1937

 C.F.Martinは戦前黄金期モデルの復刻シリーズをこれまでも発売してきた。1970年代のHDモデル、80年代のVモデル、90年代のGEモデルなどであるが、世界最大の量産工業ギターメーカーゆえに、Martinの戦前黄金期モデルを研究し追求した手工ルシアーのギターに音・材質・精度などすべての面で水をあけられていた。その手工ルシアーのギターに一矢報いるべく、Martinが意地を見せて発売したのがAuthenticシリーズである。まず最初に、このD-18 Authentic 1937が2007年に発売された。

 このようにAuthenticは手工ギターに対抗すべく、今までのどのモデルよりも戦前黄金期1937年のD-18を忠実に再現したMartin渾身の究極モデルである。設計・材料はもちろん、接着剤(ニカワ)や塗料(ニトロセルロースラッカー)や工具・治具まで戦前当時を復刻し、量産ラインではなく、Martinのカスタム部門の専用工房でベテラン職人数人が手作業で作っている。Authentic(正真正銘本物の)という名前からもMartinの誇りと自信がうかがわれ、現在のMartinで唯一、手工ギターと呼べるレベルのものである。このため音色はMartinの他のモデルの追随を許さず、今までの復刻シリーズの最高峰であったGEモデルをも大きく引き離す完成度の高さである。値段もGEモデルの2倍と大きく引き離している。

 フラットピッキング用として2004年にD-18GEを購入し満足していたが、このモデルが発売され試奏して音の差に愕然とした。音量・音質・バランス・音の深み・材質・仕上げ… すべてが高級手工ギター並みの完成度の高さであった。ネックの形状まで1937年のD-18を忠実に再現しているため幅はそれほどでもないが厚みが大きく、ちまたではそこが唯一のネックと言われ、太いネックに関しては弾きにくいと、あまり評判がよろしくないが、私はさほど気にならなかった。

 とにかく音が今までの現行品のMartinにはない高次元のものであった。言葉や文章での表現は難しいが、限られた人数の優れた職人が1本1本丁寧に作る手工ギターには音に奥行きと艶があるものが多い、弾いていると体に何かが染み入ってくる。流れ作業で作られた量産ギターにはそれがあまりないのだ。つまりAuthenticから出てくる音の気持ちよさは、本物のプリウォーD-18には及ばないが、量産のGEとは格段の差があったのだ。

 しかし定価が100万円を超えるため、気に入ったとはいえすぐに飛びつくギターか?という疑問も少々あり新品購入は躊躇した。ネックの太さの評判からそれなりの早い時期に中古が出まわりそうだったので、それまでは様子を見、中古が出たらその状態や音によって検討しようということにして、自分を一旦落ち着かせた。

 2010年前後から、私の中で「少しでも迷ったときは買わない」という銘が定着してきた。買うときに少しでも「おやっ」と感じることがあったギターは結局その後、私の手を離れている。十分納得して買ったのにそれ以上の感動の1本が後から出てきた場合は仕方ない。しかし、買う段階の試奏で、すでに気になるところが少しでもあれば、購入後弾くたびにそれが増幅されていき、結局そのギターは弾かなくなっていった。オークションやネット通販で買う場合も試奏は基本的には出来ない。リセールしてもほぼ元本は戻ってくると確信できるほど安く手に入れられそうな場合以外はネット通販も手を出さないようにし、オークションもその値段以上は競らないようにしている。

 翌年、予想通り大阪のギター専門店で1年もののほとんど使用していないであろう新品同様の中古が予想通りの価格で2本も同時に出た。2本をじっくり弾き比べたが、どちらも非常に似かよった甲乙付けがたい良い音で、ネック状態や弾き易さを基準に1本を選び、D-18GEとサザンジャンボを下取りにして購入した。

 このD-18 Authentic 1937の発売から数年後、D-18 Authentic 1939が発売された。これは1939年のD-18を忠実に再現したもので、製造方法やカタログスペック上の材質などは1937とほぼ同じである。1937から1939への大きな変更点は「ナット幅が44.5mmから42.9mmになりネックシェイプも細くなった」「トップのXブレイシングをサウンドホールから少し遠ざけた」「定価が20万円ほど安くなった」の3点である。1937は、音はいいが「ネックが太い」や「値段が高過ぎ」などの評判が広まっていたので、それを考慮したチェンジだろうか。
 すぐに見に行ったところ、試奏した1939は1937とは音質が大きく変わっていた。私にとって1939は、1937のような艶のある深い音ではなく、GEよりもボリュームがあるかな…という音だった。ネックが細くなってブレイシングが移動したためだけではなく、いろいろな意味で20万円の価格差が大きいのかもしれない。もちろん個体差もあるため、すべての1939にはあてはまらないかと思うが、もし1937がこの音であったなら、私はGEを手放してまで購入していなかったと思う。